【今回の話について】当活動では複数のモデルさんと撮影させてもらっております。今回は特定のモデルさんに関する話を書かせてもらっていますが、当活動に参加してもらっているすべてのモデルさんに等しく感謝をしています。その点をご理解いただいた上で、今回の話をお読みいただけますと幸いです。



同じモデルさんをこの半年間で12回撮らせてもらった。自分にとっては過去にないハイペースだ。今までだと多い人で年4〜5回、10回を超える撮影だと、つき合いの長い人を数年かけて撮らせてもらう形でしか経験がない。

そんな撮影が実現できたのは、モデルさんが僕の撮りたいイメージを体現してくれる人であったこと、そして意欲的に撮影に取り組んでくれたおかげである。けっこう気が合う?というのか、コミュケーションに不安がなかったことも大きい。

撮影のたびに自身の課題を見つけ(見つかり)、次の撮影で解決を試みる。単発の撮影ではできなかった、新しいチャレンジをする。
より良い写真を撮りたいという気持ちを、遠慮することなく撮影に注ぐことができた。

初めて撮らせてもらった昨年12月の時点で、初夏の海での撮影まで見据えていたが、正直「半年後のことなんてわからないよな……」という思いもあった。しかし気がついてみると、冬、春の桜、初夏の海と、主要な作品を続けて撮らせてもらうことができた。

振り返ってみるとこの半年間の撮影がひとつのプロジェクトのようでもあり、前半の部(?)を終えていったん休みに入った現在、燃え尽き症候群というほどではないが、気持ちがややぼんやりしている。

この半年間に撮影させてもらった写真は、主要作品の製本に使わせてもらう予定だ。冬の撮影が多かったので、冬の作品についてはこのモデルさんの写真だけで構成するバージョンも考えている。それと、以前から制作を考えていた小品にも共作という形で写真を使わせてもらった。こちらは間もなく製本が完成する。

これらの作品とは別に、このモデルさん自身の、ある期間のヒストリーをまとめたいと思っている。継続と蓄積が作品性に繋がると常々思っているので、少しでも長く、1枚でも多く撮らせてもらいたい。そうして撮らせてもらった写真、撮影に参加してもらった時間を、良い形で結実させたいというのが今の自分の願いです。
ここ1年くらい、作品撮りと訓練を兼ねる気持ちで撮影を行なっている。

訓練とは、主に「光を見る」こと、そして光の状況に伴う「構図」を考えることだ。
長いこと写真を撮っていながら、基本的な部分が意外におろそかだったなと、今頃になって痛感している。

意識する前と、意識し始めてからとで、写真も少し変わってきたような気がする。

それ自体は良い傾向なのだが、撮影が「うまくいった/いかなかった」という判定が以前よりもシビアになり、その分、今度は撮影前の不安(うまくいくか/いかないか)が大きくなってきた。

ある程度気心の知れた人との撮影は、前向きに「がんばるぞ」と思えるのだが、初対面の人やコミュニケーションにやや不安のある人だと「大丈夫かな?うまくいかなかったらどうしよう?」と後ろ向きな気持ちになってしまう。ほかのカメラマンとも撮影している人の場合は、自分の中で勝手に、自分と相手のカメラマンと比べてしまい、さらにプレッシャーが増す。

ただ、そういった不安や緊張も、自分をきたえるという意味では良いことなのかもしれない。
Instagramを使うようになって以降、作品撮りの写真もインスタふうに仕上げられないものか?と思い、フィルターソフトをいくつか試してみた。そして、現像ソフトをLightroomに移行するまでは、DxO FilmPackをメインの仕上げに使っていた。

Lightroomを使い始めた頃に、プロファイルと各種パラメーターをいじくっていたところ、写真がフィルムっぽく仕上がり、それから自作プリセットづくりにハマった。現在までに27個のプリセットを自作している。

プリセットの作成は、仕上げたい写真を選び、ベースとなるプロファイルを決める。そして各種パラメーターで明るさや色などを調整し、気に入った仕上がりになったらプリセットとして登録する。プリセット名は作成時に使用した写真のファイル名をそのまま使う。ファイル名を見るとどの写真を使ったか思い出せるので、その方が後々便利な気がした。仕上がりに合った、洒落た名前を付けるセンスもないので。

作成したプリセットをほかの写真、新たに撮影した写真に適用してみると、またちがった雰囲気に仕上がる。そこにまた調整を施し、新たなプリセットとして登録することもある。

プリセットを適用すると写真がファンタスティックになるというか、「ときめき度」のようなものが上がる気がする。インスタを使っているときと同じ感覚というか。

こういう加工を毛嫌いする人もいるかと思うが、人気カメラマンが自作のプリセットを販売する時代でもあり、使うか否かはさておき、すでにひとつの手法、ツールとしては確立されていると思う。

もちろん元の写真をしっかり撮ることが前提であるし、写真によって使う使わないを決めたり、どこまでが「写真」で、どこからが「写真」という一線を越えてしまうのか?という自分なりの基準を持つことは大切だと思う。